久良工務店ー久良大作のブログ

大工ですが、建築以外のことを綴ります。 建築については「木の家をつくる~土に還る家づくり」へどうぞ。

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そもそも「夢」とは

 ここ岩国の情報誌から取材を受けた。一応工務店の名は語っているが、広告・宣伝・営業活動をほとんどしていないため世に認知されているのかどうかすら疑わしい。にもかかわらず、ひょんな縁から紹介を受け、同世代の男性がカメラとレコーダーを携えてやってきた。隠れたもの、表面に現れないものを発掘するのが取材活動の面白さであるとするならば、うちにやってくるのは記者の嗅覚としては正しいかな、などと思いながら、初対面同士でいろいろと話をした。不特定多数の前に自分がさらされるのはおっくうなほうなので、気乗りしない部分もあったけれども、広告収入は一切なしで書きたい記事だけをを書くというその雑誌のスタンスに共感して、結果的に全面的に協力した。
 「大工になる事は小さい頃からの夢だったのですか?」との問いに、
「いいえ。やりたくない事をやめていったら、結果的に今、大工をしているという事です」と返答した。
しばしば「若者は夢を持て」という言い方がされるが、我が身を振り返って、そういう意味での夢を持った記憶はあまりないので、子供にもそのような事は言えないし、あえて言おうとも思わない。自分の将来を夢として思い描く事自体は否定される事ではないけれども、半ば強制的に夢を持たされるのも迷惑な話だ。しかし、そもそも「持て」と期待される「夢」とは一体何なのか。
 子供に「将来の夢は?」とたずねると「プロ野球選手」「医者」「保母さん」「看護婦さん」「パティシエ」といった答えが返ってきて、それを聞いた大人は満足げに頷いているが、常々違和感を抱いている。これらは答えとしてふさわしいのだろうか?これらの答えはすべて職業であって、「将来何になりたいか?」という問いに対する答えだ。「将来何で生計を立てるか」という問いに対する答えが、夢を語ったことになるのだろうか?そんな事はどうでも良い話だ。家を買おうとしたとき、住宅展示場に行って親が子供に「どの家がいい?」と聞くのと同じくらい意味がない。
 「夢は何か」という設問は、限られた人生をこれからいかに生きてゆくのかという問いかけをするに等しい。それはひとりひとりが一生かけて自分の力で探し続けてゆくものであり、そっと静かに大事に育ててゆくものだ。その事こそが人が生きてゆく証でもある。他人が安易に首を突っ込むものでもないし、声を大にして叫ぶものでもない。少なくとも、将来の夢というのは、○○になる事ではなくて、○○をする事(あるいはしない事)でなければならない。取材を終えた後、布団に横になってそんな事を思った。
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